keiyaku_keiyakusyo

 仕事柄、お客様から委任状や契約書等によくハンコをいただきます。こういった書類にハンコを押すとき、誰しも一瞬緊張しますよね。「権利を放棄した」あるいは「義務が課された」というような気持ちになるのでしょうか。お客様からそういう緊張感を感じますので、必ず内容をよくご説明してご理解ご納得の上で押していただくようにしておりますが、やはり契約書というと何か怖いイメージがあるのかも知れません。
 また、知り合い同士で契約書を作るのは「他人行儀で大袈裟」と感じる方もおられるでしょう。しかし契約書は自分の身をトラブルから守るために武器とも盾ともなる、うまく使えば大変に便利な書類です。

 今の仕事を始めるかなり前のことですが、ある地方で賃貸物件を探していたところ、超破格の一戸建てを見つけました。大家さんに連絡を取ると「鍵は開いてますので中はご自由に」とのこと。ドアを開けると、壁には穴、障子破れや窓割れ、雨漏り、腐った畳、そして奥の大部屋に生活用品と家具類が大量に押し込められていました。どうも普通の物件、通常イメージする家の借り方では無いようです。調べると元々は競売物件で、業者によってさらに売りに出されていました。つまり借りた後に大家さんが別の人に変わることが予想される物件です。電話では「ある程度手を加えていい」とのことでしたが内容も範囲も明確ではありません。その他の点もいろいろ気になります。将来退去するとき、新しい大家さんと何かトラブルになったらどうしましょうか。
 大家さんには現状復帰を要しないリフォーム自由の特約と、奥の部屋にあった家具類等の状況と取り扱いについて明記した契約書の作成を検討してもらいました。しかし交渉の過程で雨漏りがどんどんひどくなり、結局借りることはありませんでしたが。

 そしてもう一つ、これも昔の話です。ある企業と契約書を作成の上で取引をしておりました。担当者とは毎週顔を合わせる仲でしたので、信頼関係が生まれるうち、その後の契約内容の変更についてはつい口頭で済ませていました。その後数年が過ぎ担当者は退社されました。後日、その企業と契約の変更部分について話題になった際、引き継いだ担当者は「聞いていない」の一点張り。前担当者に証言を求めると、なんと「覚えていない」とのこと。いろんな事実を積み重ねることで立証は可能でしたが労力と天秤にかけて断念しました。契約を変更した時にたった一枚、「覚書」を作れば全く問題が起きなかったケースで、今でも教訓にしています。

 日本、特に私の住む奥会津が持つ「人を信頼する文化」は本当に素晴らしいものですが、例に挙げた通り、長期にわたる契約では時として何らかの事情により相手方が変わることがあります。また時間の経過と共に人の記憶は薄れ、気持ちは変わります。
 万一、契約内容について相手方とトラブルになった場合、訴訟など法的手段によって解決を図ることは可能ですが、それでも時間と費用、そして心理的負担は免れません。争いごとを嫌い和を大切にする私たちだからこそ、紛争防止のために契約書をおおいに活用したいものです。

(この記事は2/9に福島民報「民報サロン」に掲載された文章の原文です)